カンボジアは上座仏教徒であるクメール人が9割を占める国である。宗教・民族の異なる中国人、ベトナム人、ムスリム、山地少数民族も存在するが、民族間のコミュニティーが非常に密接しているにも関わらず、彼らの間に紛争は見られない。
私はこの状況に興味を抱き、10余年に渡りカンボジアに通い、時に居住し、時に大学院での研究対象としながら、彼の地の民族を追い続けてきた。とりわけムスリムの村に足繁く通い、彼らと交流を深めてきた。
この一連の写真は、そのようなカンボジアの各民族が独自の言葉や宗教儀礼を守りながらも、紛争なく調和を保つ現状に着目したものである。各民族の暮らしに密着しその肖像を描き出すこと、類似シーンの比較により人間の営みの普遍性を写し出すこと狙っている。
今、世界的なコロナ禍によって海外渡航がままならない状況ではあるが、写真を通して異国の日常・非日常を感じていただけたら幸いである。
民族の肖像
山地少数民族・クルン族の老婆。数年前に夫を亡くし、古い高床式住居に独りで暮らす。普段はクルンの言葉を話し、クメール語の理解は乏しい。ラタナキリ州・2017年
海辺の町・カンポットに住むムスリムの老婆。漁師の息子家族とともに暮らす。カンボジアのムスリムは「チャム」と呼ばれ、少数民族として認識されている。宗教言語としてアラビア語を学び、メッカへの巡礼を果たすムスリムも少なくない。カンポット州・2017年
山地少数民族・カチョン族の子どもたち。ラタナキリは、訪れるたびに伝統が消え、老人が逝き、クメール化が進む土地。彼らも学校ではクメール語を学ぶ。ラタナキリ州・2017年
水上集落に住むベトナム人の少女。船に浮かぶ学校でベトナム語を学ぶ。集落の規模は年々拡大しており、陸地に上がるベトナム人も増えている。コンポンチュナン州・2017年
ムスリムの老婆、生後2ヶ月半の赤子の世話に忙しい。どの民族でも子どもの誕生は頻繁で、年長者の老いとその弔いもまた然り。カンボジアでは生と死は、日常の延長として身近に存在している。カンポット州・2015年
葉タバコを燻(くゆ)らす山地少数民族の老婆。タバコと蒟醤(きんま)は宗教・民族を問わず、高齢者に広く愛用されている嗜好品。
「歯は全部抜け落ちたが、タバコは美味しい」そう笑う歯なしの笑顔は、まだまだ生きる楽しさに満ち溢れていた。ラタナキリ州・2019年
日常に生きる宗教
カンボジアは人口の9割が上座仏教徒のクメール人。托鉢は各地でよく見られるこの国の日常風景だ。コンポンチュナン州・2014年
仏教行事・カティン祭。世界遺産・アンコール遺跡群で行われていた時の様子。頭に寄進の品を乗せ、お寺の周りをグルグルまわる。たとえ観光地であっても、宗教儀礼とその実践は、彼らの日常に穏やかに溶け込んでいる。シェムリアップ州・2015年
イスラームにおける祭りのひとつ、マウリド(生誕祭)の様子。カンボジアのムスリムの中でも、特に少数派のグループだけが行っている非常に珍しい祭りである。チャムの伝統衣装を身にまとい、聖職者に先導されながら、砂糖菓子で作られた祭飾りを村のモスクへと運ぶ。ウドン近郊・2009年
彼らはいわゆるチャンパの末裔。17世紀までベトナム南部にあったチャム族の国にルーツを持つといわれている。マウリドもチャム文化のひとつであり、ベトナムに残るチャム族も同様の行事を行っている。ウドン近郊・2009年
マウリドで使われていたチャム語の歌集。「オールド・チャム・グループ」「ノン・リアル・ムスリム」とも呼ばれる彼らはいまだにチャム語の読み書き可能。小学生の女の子も「私も分かるよ!」と誇らしげに教えてくれた。ウドン近郊・2009年
クルアーンを学ぶ少女たち。カンボジアの一般的なムスリムは、すでにチャム語が使えない。クメール語を母語とし、チャムの伝統よりもよりオーソドックスなイスラームを信仰、全世界のムスリムと同様に宗教言語としてのアラビア語を学ぶ。コンポンチュナン州・2013年
夕暮れのモスクに響く、祈りの声。外からは子供たちのはしゃぎ声。カンボジアに暮らす人々にとって、神に感謝し祈ることは、決して年に数度の特別行事ではない。彼らにとってモスクや寺院は非常に 身近な存在。誰もが当たり前のように、素朴な信仰心を抱き日々を生きている。プノンペン近郊・2008年
カンボジア三大正月のうちのひとつ・中国正月。参詣する人々の顔は晴れやかで、新しい年への希望で満ちている。街中には獅子舞や楽団が繰り出し、その様子はまるでチャイナタウンのよう。中国系の多い首都プノンペンでは、人々が廟に参詣し新年を祝う。プノンペン・2009年
中国にルーツを持つ彼らも普段はクメール語を話し、中国正月と同様にクメール正月も祝う。この国で異文化は敵対するものではなく、ゆるやかに重なり繋がっていくものなのである。プノンペン・2009年
ムスリムの結婚式。花嫁はクメール様式、花婿はイスラーム様式の婚礼衣装を身につけているのが興味深い。ちなみに花婿は元仏教徒のクメール人。結婚にあたってイスラームに改宗したとのこと。愛は宗教を超える。コンポンチュナン州・2012年
ムスリムの花嫁の婚礼スタイル。指先はマレーシアの伝統に則って赤く染めてある。カンボジアのイスラーム社会はマレーシアからの援助や影響を大きく受けており、近年ではクメール化よりもマレー化・イスラーム化が進行している様子が見てとれる。コンポンチュナン州・2012年
別の場所、別の年の結婚式の様子。憧れの眼差しで花嫁を見つめる少女。2012年にクメール式であった花嫁衣装は、2015年には完全にマレー式のものとなっていた。カンポット州・2015年
結婚式のご馳走作りに励む女性たち。村人総出で準備をし、村をあげてお祝いをする。在りし日の日本の農村の風景が、現代カンボジアには生き生きと存在している。カンポット州・2015年
水上集落で魚の下処理をするベトナム人女性たち。年配者も子どもも一同に座し、おしゃべりをしながら鮮やかな手つきでさばいていく。家族の仕事は、こうして少女たちに受け継がれていくのである。コンポンチュナン州 ・2015年
同じ土地での大規模なプロホック作りの現場。プロホックとはカンボジア伝統の魚の発酵食品。クメール人もベトナム人も、同じ製法で伝統の味を楽しんでいる。コンポンチュナン州・2009年
夕暮れ迫るなか、サッカーに興じるクメール人の少年たち。稲刈り後の田んぼは彼らにとって絶好の遊び場!カンボジアの大地を踏みしめ、裸足で元気に駆けてゆく。カンポット州・2015年
カンボジア第二の世界遺産・プレアヴィヒア遺跡を守る兵士。右手後ろの青い看板には「私はカンボジアに生まれたことを誇りに思う」との文字がある。アンコールワットやプレアヴィヒアのような世界遺産は国の宝。カンボジア国民としてのアイデンティティーを高め、民族の調和に一役買っているように思われる。プレアヴィヒア州・2009年
山地少数民族・プノン族、元象使いの老人。プノン族は伝統的に象とともに暮らしてきたが、近年政策によって象が村から消えることに。「今は孫の世話に忙しい」そう笑う彼の姿に悲壮感は見られない。モンドルキリ州・2017年
スコール後のサッカー場で出会った、とびっきりの笑顔!泥だらけになっても、年上のお兄ちゃんたちからボールを取れなくても、そんなのお構いなしで終始ご機嫌、楽しそう。この笑顔がある限り、カンボジアの未来はきっと明るい。コンポンチャム州・2017年